軽井沢の家作り Part10 ~震災後の家作り〜

11/20/2012 AppMama 0 Comments

今までに経験のしたことのない揺れ、そして予想だにしない大きな波が東北地方を襲いました・・・

それが、忘れることができない、いや忘れてはならない・・・東北地方太平洋沖地震。

その時、私は妊娠8ヶ月。
産休まで残り約2週間だったので、いつものように都内で仕事をしていました。
2週間後には里帰り出産の為に実家に帰る予定だったので、引っ越し業者に連絡を取ったり、部屋の片付けをしている時期でした。

しかし、里帰り出産をすることは叶いませんでした。

産院のある街は津波の被害を受け、戦後の焼け野原のように街、家々が消えてしまいました。

311日から10日間ほど、家族の安否も分からず、連絡も取れず、私は不安からくるストレスでお腹がコンクリートのように硬くなり、切迫早産の診断を受けてしまいました。

しかも、出産するはずだった産院が津波の被害を受けたので、実家に帰ることはもとより、里帰り出産が不可能になってしまい、お産ができる産院を確保しなければならないという状況になったのです。

病院によっては、妊娠初期に分娩予約をしなければ、受け入れてくれないという状態で、妊娠8ヶ月で病院が決まっていないということは普通なら考えられないことです。

都内で病院を探そうとも思いましたが、実は、里帰り出産を期に、その時住んでいたマンションを引き払うことになっていたので、このままこの部屋にとどまるということはできない状況でした。

それに加えて、312日、1号機爆発・・・

まだ何の情報も分からないけれど、爆発した1号機の映像を見て「ヤバイ・・・」と思いました。

そして、一番心配になったのは、お腹の中にいる子供のことです。
義父もお腹の子供のことを案じて、軽井沢か新潟へ来るように言ってくれました。
丁度、12日は土曜日で仕事も休みだったので、月曜日の出社を考えると日曜日には帰って来ることになるだろうと軽めの荷物を持って新幹線に乗りました。

軽井沢へ着くと、ストレスのせいかやはりお腹の張りが気になり、病院に行き診察を受けることにしました。

診断結果は、やはり、切迫早産・・・。
今すぐ仕事は止めて休みを取り、安静にするように言われたのです。
急なことでしたが、安静の為、軽井沢で静養することになりました。

しかも、私が震災で分娩する病院をまだ見つけていないということを病院側に伝えると、

「被災地で出産予定だったのですか・・・まだ分娩する病院が決まってないの!?」

と驚かれ、念の為、電話番号を聞かれました。

車に戻り、家に帰る道中、携帯が鳴り電話に出ると

「本当は、妊娠初期に分娩予約をしなければ受け入れないんだけど、事態が事態ですので特別に受け入れます」

と病院から連絡でした。

もう悩んでいる暇はありません。予想もしなかった軽井沢での出産・・・

本当に病院側のご厚意に感謝してもしきれません。

とは言うものの、まだ家族の安否が分からない状態で不安な日々が続きました。

テレビでは、被災地のこと、放射能のことを連日報道し、私は被災地にいる家族がもしかしてテレビに映るのではないかと、一日中、テレビにかぶりついていました。

しかし、震災から3日ほど経ったころ、被災地の映像、津波の映像、それからあの当時頻繁に流れていたCMを見ると吐き気が襲うようになり、そして、お腹も硬くなり切迫早産の症状が出るようになってしまったのです。
これではお腹の赤ちゃんにもストレスが伝わって、お腹が硬くなる度にきっと苦しい思いをしているに違いない・・・

そう思い、

『家族も友達も絶対大丈夫!無事なんだ!絶対大丈夫!』と信じ、お腹の赤ちゃんに不安を与えないことをしようと思いました。

そして、思いついたのが、震災で作業を中断していた家作りを再開する事でした。
朝起きると、作業服に着替え、車で現場に向かいます。

震災の中、家作り!?

・・・なんて思うかもしれませんが、家族と連絡が取れず、安否も分からないという時間はとても耐えられるものではありません。

不安で不安で仕方なく、実家に帰りたいと思いましたが、道路も復旧のめどが立たず、帰ることさえもできないのです。

そのストレスは計り知れないもので、私一人ならまだしも、お腹の子供に影響します。現に、切迫早産の疑いという診断が出ているので、なるべくリラックスした状態で過ごす事が重要です。

そして震災から10日後・・・ようやく実家と電話が繋がり、皆無事であるという報告を受けたのです。

しかし、もう里帰り出産はできません。

そこで、出産までの間、もう少しで完成するであろうあのキットハウスを平日は夫と二人で取りかかろうという話になりました。

それは、切迫早産にならないように気を紛れることをしようという考えからで、実際、津波の映像等を見ると身体が緊張してしまい、それがお腹の張りにもつながっていたので、何かに没頭する事で気を紛らわす必要がありました。
ですが、テレビで見る映像やラジオから流れる被災状況を知るたびに、自分達には何が出来るのだろうという思いは常にあり、妊娠していることで思うように動けない状況を歯がゆく思う日々だったように思います。
ただ、無理をしては、お腹の中の子供の命にも影響が出るかもしれないし、そのときは、お腹の中の命を精一杯守る事が私の使命だと思ったのです。


そして、この写真が当時、ピンク色のペンキを刷毛につけて、一生懸命ベビーベッドを塗っている様子です。
ちなみに、このペンキは身体に害のないペンキを選んで買ったので、妊婦でも大丈夫です。

こうやってペンキを塗ったり、現場に足を運ぶことで不安な気持ちを紛らわすことができました。

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