これからの世界を生きる娘へ伝えたいヤドカリ生活とは...。私達が最小限の家財道具しか持たない理由。

6/16/2015 AppMama 0 Comments

昨日、浅間山で小規模の噴火がありました。

このところ、地震やら噴火が多く観測されますが、記憶に新しい噴火だけでも、昨年の9月27日には長野県と岐阜県の県境に位置する御嶽山、今年に入ると4月22日の南米チリ南部のカルブコ火山、5月25日のガラパゴス諸島のウォルフ火山、5月29日の口永良部噴火と、日本のみならず世界各地で噴火が相次いでいます。

これらの噴火以外にも、大なり小なり世界各地で地震や噴火がこのところ多く、地球上で頻発に起るこれらの地震や噴火は、前兆現象なのかもしれないと嫌な予感もします。現に、富士山や箱根山の噴火が起るのではないかと言われているし、米のイエローストーンも噴火の予兆があると大変危惧されていますから。

自然災害は、私達人間の力でどうこうできる問題でもないので、大きな災害にならないことを祈り、災害が起る前から危機管理を持って生活していくしかありません。

このような自然災害のニュースを目にする度に、『身軽でいよう』と強く思います。

『身軽さ』でいえば、これまでの私達の生活を振り返ると一目瞭然で、年に1度の引っ越しはもう定番化している状況で、アッチへコッチへ…まるでヤドカリの様な生活です。まぁ、フットワークの軽い家族だと思います(笑)

周りの友人らは家を構え、新しい家具や、素敵な食器類を揃えていく中で、私達はそれとは反対に、家を持たず(常にRent)、家具や食器を捨て(現在、家具食器備え付きアパート)、いつでもどこにでもすぐに動けるようにと、モノを増やさない主義でこれまでやってきました。(捨てる際には、家族、親戚らにはかなりご迷惑をかけてしまいまいましたが。)

これは、この数年で極めた私達のライフスタイルです。

“ライフスタイル” という言葉にしてしまうと、なんだかカッコ良く聞こえますが、このヤドカリのような生活が、地に足がついていないように感じることもあり、このスタイルについて夫と口論にもなることも少なくありません。

それでも私自身、これまでの生活に多少の不満を抱えつつも、ヤドカリ思考をどこかで重んじているのでしょう、口論になっても気付くと新天地を目指して荷物をまとめているのです。

まとめる荷物は、かなり最小限で本当に必要なものしか持ち歩きません。むしろ、身軽でいれたことで、スーツケース2個だけ持ち、海外旅行へ行く感覚で海外移住を果たしました。

海外へ移住すると決めた際も、移住先については、まるでヤドカリが住処を物色するような感じで、誰かの伝があってソコへ行くということではなく、様々な視点からその貝殻(土地)を調べ、あとは第六勘を信じてその場所に留まってみるという感じです。

そして現在留まっているのがモントリオール。

最近知り合ったご夫妻に、私達のこのようなヤドカリ生活を話すことがありました。笑われるか不憫に思われるだろうと思ったのですが、なんと意外にも「頭が良い人だ」と言われました。

この夫妻は、私達よりも遥かに教養と博識を兼ね揃えた方達なので、私は奥様にそう言われた際は、あまりの意外な感想に「へ?」と、アホ丸出しの声を出してしまいましたが、私達のこれまでの行動力を、特に福島原発事故以降の判断力、夫の決断力に関しては、それを “先見の明” とまで言ってくれて、

“先見の明というのは、それだけで大きなスキルで、それを知性って呼ぶんだ”

とまでおっしゃってくれました。

「“頭が良い” というのは、あなたの旦那さんのように危機に面した時に行動ができる人よ。」

と。

そんな奥様から先日、『眠る魚』という本をお借りしました。

『訊問されるより先に即刻逃げる勇気のあった人びとは、決してつかまることもなかったし、しょっぴかれることもなかった。いっぽう、正義を期待してじっとしていた人々は刑をくらった。そしてほとんどすべての人びとが、その圧倒的多数が、まさに億病で、意気地のない、もう駄目だと諦めきった態度をとっていたのである。』

という「収容所群島」を書いたソルジェニーツィンという人の一文を読んだ時に、私達のヤドカリ生活は間違いではなく、愛する人を守る為に、危険を察知し、動物的勘と本能のままに動いているのだと思いました。

この時代、土地に根づくということが全てではなく、ある時はその土地を愛し、ある時はその土地やしがらみを断つ勇気が必要になってくるのだと感じます。そう感じるようになったのは、やはり原発事故以降、そしてカナダという移民の国に住み始めてから明確に見えたことかもしれません。

福島原発事故以来、放射能汚染の影響をかなり危惧してきましたが、そのような考えは時間と共に薄まるどころか、政府は「食べて応援しよう」という政策を掲げ、もちろん私達は到底受け入れることができず、とても危険だという思いをぬぐい去る事はできませんでした。

国の見解、判断と違っていても、私達は本能に逆らわずに行動、決断したことに後悔はありません。

この先の世界を生きる娘には、このヤドカリ生活を覚えておいて欲しいし、きっと彼女は、私達と同じ様に命のアンテナを張って、たくましく “色んな土地” で生き抜いてくれるだろうと思っています。

 “移民の国” と呼ばれるカナダ、当然のことながらモントリオールも様々な人種が暮らしいます。

モールへ行けば、アメリカ人、フランス人、イタリア人、インド人、中国人、韓国人・・・。そして、彼らと話してみると多くの人が、数カ国もの国に住んだ経験があったり、または数カ所の州で暮らしてきて、これからも状況に応じて引っ越すだろうととても簡単に言いのけます。愛国心がないということでなく、ひとりの人間として自分たちの生き方をしっかり考え、見据えているのです。

私達はとてもモントリオールが好きだし、これからこの土地で子育てをしたいという思いが強くなるのですが、その一方で、家や土地、荷物に縛られることなく、環境や状況に応じて、その時代を生き抜く行動力、判断力を持ちつづけていこうと思います。

それでは、とりとめのないハナシでしたが、See you〜☆

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